生命力を調整する方法 4

からだがストレスにさらされ、疲れを感じたときはいつでも・・・


鼻から深く息を吸って、そのまま何秒か息をとめ、やはり鼻から勢いよく吐きだすと、不快な感覚をからだからとり除き、バランスのとれた、すっきりした状態にすることができます。


忘れないでほしいのですが、息をするときは、口ではなく鼻からすることが望ましいですね。


・・・というのは、空気が嗅神経の末端にふれて、それが脳を刺激し、脳に呼吸の自然なリズムを思いださせることに役立つからです。


鼻から呼吸しないということは、ある意味で、半分しか生きていないということになります。


人は呼吸したとおりの人になります。


浅くて不規則な呼吸をしているときは、健康状態も悪く、エネルギーも低下しています。


トラウマ(心身の傷)を経験したときは、とくにそのことがよくわかります。


トラウマは生命エネルギーを妨害し、呼吸が正しく全身をめぐるのを阻害するのです。

生命力を調整する方法 3

からだを流れているエネルギーは宇宙に遍満するエネルギーの霊的な力の一部であり、ひとつ呼吸をするたびに、それがからだのなかにはいってきています。


もちろん、だれもがそこそこの呼吸をしているわけですが・・・


からだ全体がじゅうぶんに機能するには、以上の4つのタイプの呼吸をすべて、きちんとしなければなりません。


その4つの呼吸のすべてを目で見ることはできないですが、深く正しい呼吸をしていれば、息を吸うたびにその4つの呼吸が確実にからだに影響をおよぼしているのがわかります。


自分がちゃんとした呼吸をしているかどうかを知るには、鼻のしたに鏡を置いて、その表面の曇りぐあいを見ればいいのです。


左右の鼻の穴がつくる曇りが均等なら、たいがいいい呼吸をしているといっていいのです。


人は平均して、1日におよそ2万8000回ほどの呼吸をくり返しています。


よく注意していれば、その呼吸1回ごとに、こころにあたらしい想念が生まれるか、古い想念が変化するのがわかります。


・・・なぜなら、正しい呼吸をしていると、「いのちの呼吸」が脳細胞を刺激して、こころの活性化を助けてくれるからです。


生命力を調整する方法 2

浅い呼吸をしていれば・・・


たとえば胸郭上部がつまって猫背ぎみになり、姿勢が悪くなることがあります。


わたしはオステオパシーの手技によってつまった胸郭がひらかれ、みちがえるように姿勢がよくなった子どもたちをたくさん見てきました。


三番目のタイプの呼吸である「いのちの呼吸」は、からだにいのちをあたえます。


それは生まれたときの最初の呼吸とともにからだのなかにはいりこみ、生きているかぎり、からだがエネルギーを燃やすのを助けます。


その呼吸は目の光にあらわれています。


内部から輝くように光っているもの・・・


それがいのちの呼吸です。


生命力の旺盛な人は輝いていますが、それはいのちの呼吸からきているものなのです。


最後の「光の呼吸」は、わたしが「たましいをやしなう呼吸」と呼んでいるものです。


生命力を調整する方法

呼吸は、なによりも大切な生命力の流れを調整し、最大限にするための最善の機会を提供してくれています。


あなたにはよりよい呼吸をする機会があり、責任があります。


そのやりかたをお伝えしましょう。


ひとつ呼吸をするたびに、人は同時につぎの4つのプロセスをおこなうことができます。


物理的な呼吸・呼吸の型・いのちの呼吸・光の呼吸です。


呼吸をするとき、大部分の人は横隔膜を動かして空気を胸郭にいれています。


・・・しかし、それだけの話です。


この「物理的呼吸」はほとんどの人がよく知っている呼吸であり、肉体を支え、肉体で活動する機会をあたえてくれます。


呼吸の第ニのはたらきである「呼吸の型」は、からだの構造を維持するのを助けています。

盗塁王・福本の秘密 2

足の速さなら福本を上回る人が大勢いるのに、なぜ福本が勝者になれたかということになります。


その鍵は、ピッチャーの投球フォームの研究に秘められていました。


つまり福本が、対象をよく研究して、その癖や特徴を捉えていたということです。


あるピッチャーは、打者への投球と牽制球を投げようとする場合では、軸足の踵の高さが2センチ変わるそうです。


また別のピッチャーはそのとき、グローブの角度が約20度変わるというように・・・


そのピッチャー自身さえ意識していないことまで、福本は掴んでいたのです。


盗塁王・福本の秘密

プロ野球・阪急(現オリックス)の福本豊は、1984年に千盗塁という大記録をうちたてました。


彼の盗塁成功率は、全盛期には85パーセントを超えていたそうです。


それは足が速いからだと、私も考えていました。


ところが、それは決め手ではないことを後から知りました。


オリックス監督の上田利治氏から聞いた話と野村克也氏の文章を合成して紹介しましょう。


「陸上の王者力ール・ルイスが球界にいたら、あの記録を塗りかえたのではないか」という話が、当時よく出されたといいます。


しかし、それを否定するデータがすでに用意されていました。


それは、ロッテにいた飯島秀雄の記録です。


飯島は100メートル10秒1の日本記録を持つ陸上の短距離選手です。


その彼の盗塁成功率が、約20パーセントだったのです。

正しい的とは 2

第一に、仕事の対象の状況はたえず流動しているので、その全貌は誰にもわかっていないからです。


第二に、人間絡みのことが多いので、なかなかそれが見つかりにくいからです。


だからこそ、たえずそれを捉えるべく、状況の事実をべースにして研究していなければならないのです。


こうして捉えたものが、確かに対象の的のど真ん中になっているかと言うと、その保証はありません。


その正解は神のみぞ知るのであって、我われの発見は、どこまでもその仮説なのです。


この仮説であるという認識の程度が、その後のプロセスの質を大きく左右していくことになります。


こう考えると、状況の事実からの発想とは、対象に迫り続けることだと言うこともできます。


自然科学では対象に迫ること自体が仕事だし、芸術の分野でも対象に迫り続けることがイロハのイです。


カメラマンの場合などは、対象のポイントをクローズアップすることが仕事になっています。


それに対して社会科学の領域、つまり一般の仕事となると、なぜかこうはやられていないのです。

正しい的とは

"的"とは、対象のポイント、あるいは対象を代表するものです。


弓を射る時は、的のど真ん中の丸を狙います。


あそこを狙えばよいと思えるから、射手の心が定まり、射つことができるのです。


それを、再現された全体状況の中から、まず対象の全貌を明らかにし、それによって発見していくわけです。


仕事であれば、取り組むべき仕事の対象の全貌とその的を捉えることであり、それが戦争であれば、敵がどういう状態でこちらを待ち構えているか、その全貌と的をはっきりと捉えるということです。


その対象が大きければ大きいほど、また複雑であればあるほど、対応すべき的を見いだすことが重要になります。


象を倒すには耳の付け根が的となるし、戦争の場合なら、敵の軍力の中枢とか、ここさえ叩けぼというところを狙って、そこに力を投入することになります。


対象が動物や定形化したものならば、およそその全貌は固定しているから、的の答を誰かに教わればよいでしょう。


しかし、仕事の場合はそうはいかないでしょう。

求められる農協組織の変革 4

値段によって誰が損をするのかといった価値論の展開というものをおさえていけば、それは消費者や労働者の価値収奪になっているということになります。


例えば生産者米価反対闘争も、たんに農協組織とか農民だけの組織とかでできるものではなく、労働者や消費者がこの運動と連帯することによって「この値段は高すぎるではないか」・・・


あるいは使わないということを言い出す、それが力となりうるということである。


そうすることによって、農民には安い値段であっても生活ができる、労働者にとっては、安い値段でかつ、よい品物が売られていくということであるわけです。


以上、希望的観測を述べてしまったことになりますが、とにかく旧来のとらえ方では現状はとらえきれない。


新しいフレームワークが必要とされる。


そのフレームワークの一つとして私の試論をお話ししてみました。

求められる農協組織の変革 3

結局独占の要求に応えたもので、独占は低農産物価格を規模拡大によってなしとげようと考えているわけです。


一部消費者が、低農産物価格はいいということでこの規模拡大に乗せられているわけです。


しかし、これは農業経済学者の中では相当有力な理論で、農協一家もそれを唱えているわけです。


そこでかならす言われないことというのは、生産資材の値段の問題です。


生産資材の値段を安くするということが言われない。


それはたんに借地による規模拡大によってコストを下げることで、コストを形成している重要な要素に生産資材価格があるのに、このコストの問題を農民は自ら言い出さない、農協は言い出すはずがない。


農民にとって、農産物価格が実現されさえすればその中で生産資、材コストは実現されてしまう。


つまり独占の利益は消費者に転嫁されていけばいい、農民にとっては売れさえすれば痛くもかゆくもない、という問題があるわけです。